病を癒して松虫に終わった松虫姫
どんな伝承か
松虫姫は聖武天皇の第三の皇女、一説には宮女ともいい、病を得て、ついに下総国松虫に捨てられた。姫は初めこそひどく悲しまれたが、薬師如来にすがり申して、ついに病は癒えた。しかし悟道に入って都への未練を断ち、そのままこの地で生涯を終えたと言い伝えられている。今その寺は松虫寺であり、寺の後ろに姫の御墓が残っている。「佐倉風土記」によれば、松虫村にあるこの寺は行基の建てたところで、薬師仏の金像を安置し、姫が捨てられた場所は今のカッタイ谷であるという。寺門の二王は運慶の作、旧く嘉元年中の鐘があったが、天和二年に改造したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。