鎌倉台
どんな伝承か
海上郡海上村大字柴崎に、一つの高地がある。これを鎌倉台というのである。昔、崇徳天皇が八幡の社を創立せられた所であると伝えられている。源頼朝が総州へ流れてきたとき、この地に出て祈りを捧げ、罪業を晴らそうとして社を修め、この地にとどまったということである。これより後、その跡地を鎌倉の名で称えるようになり、今もなおその名を留めている。毎年八朔には祭儀を行うのである。『海上郡誌』に見える話である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・大正~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 下総の巻』を全179話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。