十三塚
どんな伝承か
瀧田村大字下瀧田の里に、十三塚と呼ばれる塚がある。里見義豊は天文三年四月六日、犬掛の戦いに敗れてこの地で討死したといい、十三塚は義豊とその軍勢十三人を葬った塚であるとも伝えられる。もとは義豊の墓は犬掛村の大雲院にあったが、明治八年に同院が廃された際、村民が墓石を村内の観音堂に移したという。塚の数を十三とした由来には、十三仏になぞらえて供養を重ねる十三塚信仰と結びついたものとする説もある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・江戸~明治時代)
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 安房の巻』を全186話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。