女郎白糸と鈴木主水の情死
どんな伝承か
享和のころ、四谷新宿町の女郎屋橋本屋に、お職女郎の白糸がいた。年は十九、引く手はいくらもあったが、青山あたりに住む鈴木主水という武士と深い仲になり、二人は情死したと伝えられる。この出来事は口説き歌に仕立てられ、紺の暖簾に桔梗の紋という橋本屋の様子から白糸の器量までが歌い込まれて、江戸の町々で評判になった。今も新宿の北裏通りにある成覚寺には白糸の塚が残り、末の世まで縁を結ぶ糸柳、と詠んだ歌が刻まれている。宿場の繁栄の陰にはこうした女たちもいたのだと著者は記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。