鼻から白糸をたぐる亡妻と松吉少年
どんな伝承か
石垣島に、周囲の反対を押し切って結ばれた仲のよい若夫婦がいた。妻は病でまもなく死に、悲しみに沈む夫を案じた親族は、四十九日が済むと親戚の娘を後妻に迎えることにした。式の前日は秋雨の降る土曜で、学校が半日で終わった少年たちが馬草を刈ったあと墓地の木の下で雨宿りをしていると、青い人魂が現れた。皆は逃げたが、鎌を手にしたまま残った松吉に、死んだ叔母の霊が、叔父の顔を一目見たいので屋敷の四隅の祈禱札を外してほしいと頼んだ。松吉はこのことを誰にも言わずに翌日を待ち、札を外すと、幽霊は座敷に上がって夫の前に座り、鼻から蚕の糸のような白い糸をたぐり出して顔に投げつけ、夫は倒れた。松吉は後を追って夫の写真を取り返し、祈禱札を突きつけて霊を退け、札を立て直すと叔父は息を吹き返したという。
原典より
何をするのかと、じっと見つめていると、幽霊は生前の夫の前にすわって、じいっと相手の顔をみつめていたかと思うと、両手を鼻に持っていって、蚕の糸のような白い糸をたぐりはじめた。—— 沖縄怪談集 逆立ち幽霊(伊波南哲) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
沖縄怪談集 逆立ち幽霊(伊波南哲)
『沖縄怪談集 逆立ち幽霊』は、石垣島で育った詩人の伊波南哲が、新聞や雑誌に書いた話と書きおろしを合わせ、沖縄の怪談を物語風に綴った怪談集である。那覇の辻遊廓や一日橋、首里、石垣島・竹富島などを舞台に、遊女や捨てられた女の幽霊、遺念火、キジムナー、お化け封じの術を描き、戦後のタクシー幽霊の噂や東京で起きた位牌の嫁入りの話も取り上げる。題を付けた二十二話のあとに「怪談断片集」を置き、少年時代を語る「果たして幽霊はいるのか」で結ぶ。