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妙正寺川があふれた夜の下田橋

所在地東京都中野区江古田(下田橋)
年代明治四十三年(1910)八月十日夜半
登場榎本与三郎、著者と近隣住民、床上浸水した水車の家の主
出典城西風土記と昔語り

どんな伝承か

明治四十三年八月、一日から六日まで毎日大夕立があり、七日から十日は豪雨が続いて妙正寺川があふれた。十一日の午前一時ごろ、著者は近所の者に起こされて飛び出したが、下田橋はすでに流されて、轟々という水音だけが凄まじかった。水車の榎本与三郎の家は床上まで浸かり、四村橋はまだ残っていると聞いて車綱を持ち寄り橋に結びつけたものの、激流に押し流されて食い止められなかった。夜が明けて上流の川中へ行くと、紋白から下沼袋、新井田園にかけての田畑は一面の湖のようになっていたという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))

『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。

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妙正寺川洪水明治四十三年

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