母の仇を討った通幻・佐夜の中山
どんな伝承か
『越前名勝志』が龍泉寺の通幻禅師について載せる、もう一つの異伝である。通幻の母は身ごもったまま遠州の佐夜の中山を越える途中、悪い浪人に殺された。通幻は母の胎内から出て泣いていたところを、通りがかった研屋に拾われた。何年かたって、その研屋の店へ刀を研がせに来た浪人が、ふと佐夜の中山での一件を口にしたので、通幻は母の仇と知り、その刀で仇を討った。そののち娥山和尚の弟子になったという。その刀は今、大野の土井家にあると伝える。著者は、佐夜の中山の峠の子育観音堂が出していた「小夜中山敵打由来」の縁起との関係を問うている。
原典より
もう一つは、通幻の母が身持にして遠州佐夜中山を通行中悪浪人のために殺され、通幻はその胎内を出て啼いてゐたのを、折から来あはせた研屋に拾はれた。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。