弁慶が沈めた大釣鐘と湖の主
どんな伝承か
三方郡の水月湖は中の湖ともいい、三方湖の一部である。義経の一行が北国へ落ちのびる際、弁慶がある大寺の大釣鐘を担いで来て、この中の湖に投げ入れたという。深く沈んだその大鐘の中には、今では二間ほどもある大鯉が棲みついていて、それが湖の主だと言われている。著者は、沈んだ鐘の伝説の一部と結びついた話であり、弁慶の人並みはずれた怪力という点では、古い巨人の伝説とも融け合っていると見ている。
原典より
その底深く沈んだ大鐘の中には、二間位の大鯉が今では棲んでゐて、それが湖の主であるといはれてゐる。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。