三十九度嫁いだ野積の漁家の娘
どんな伝承か
越後では、八百比丘尼は三島郡寺泊町大字野積字岩脇の漁家、納屋こと高津某の一人娘だと伝える。その姿は妖しいまでに美しく、常に十六、七歳の処女のようであったという。三十九度も他家へ嫁いだのち剃髪し、諸国を巡り歩いて、最後は若狭小浜の空印寺の境内に草庵を結んで住みついたと、「温故の栞」に出ている。八百比丘尼の生地は全国幾十か所にも伝えられており、越後のこの伝えもその一つである。
原典より
越後では三嶋郡寺泊町大字野積字岩脇の漁家納屋事高津某の一女と謂ひ、妖色仙姿、恒に十六七歳の處女の如く、三十九度他家へ嫁し、…—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。