六部の石塊が生んだ島の少女
どんな伝承か
小浜に伝わるもう一つの話では、諸国を巡る六部が佐渡国羽茂村の羽茂長者の家に宿を求めた。宝自慢から宝比べとなり、六部の出した石ころを盆に載せると、霧と黒雲が湧いて雨が降り、やがて白椿の咲く家々のある島の姿になった。日暮れに鐘が鳴ると鐘楼から少女が下りてきて、長者の老僕がそっと袂に隠した。石を欲しがる長者に討たれかけた六部は、石を門石に打ちつけて霧の中に消える。老僕の袂の少女は消え、代わりに不老長寿の霊肉が残った。家に帰ると少女は娘盛りの姿で迎え、霊肉を食べて老いなくなり、八百年ののち若狭の国主の病を知って寿命を譲り世を去ったという。
原典より
六部は傍にあつた盆の上にのせると、その石塊は、たちまち霧を吹き出して、あたりを覆ふと見る間に、石塊の頂あたりから黒雲が巻き起り、雨が沛然と降り出した。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。