鮨を捨てられ蛇となったおかた
どんな伝承か
丹生郡天津村片山のおかたヶ橋の伝説は、武周池の話の異伝とされる。片山には広瀬金太夫という旧家があった。およそ二百年前、この家のおかたは鮨が好物だったが、主人は大の鮨嫌いで、おかたの留守に鮨を川へ捨ててしまった。おかたは鮨を探して川へ入り、蛇になってしまった。武周村の大石五平がこの橋を通ると、女の姿で現れた蛇に武周ヶ池まで連れて行ってほしいと頼まれた。礼に毎朝鯉一匹と銭を玄関まで届けるが、他言すれば七代祟ると言い残して池へ入った。大石家は分限者になったが、村人に問い詰められて秘密を明かし、三、四十年前に七代目の片輪者が生まれて家は絶えたという。
原典より
凡二百年前のことといふが、この家のおかたは鮨が好き、ところが主人は大嫌ひで、おかたの留守に川の中へ鮨をすてゝしまつた。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。