車窓から見つかった大森貝塚
どんな伝承か
大森貝塚は、明治初年に来日した米国人エドワード・モースが見つけたものである。横浜から東京へ向かう汽車の窓から、線路沿いに貝殻が散らばっているのを見て古代人の遺跡だと直感し、調査に取りかかったのだという。調査してみると、その規模は長さ八十九メートル・厚さ四メートルに及び、ごく間近にも同程度の貝塚がもう一つ埋もれていることが判明した。明治十年の発掘では土器・土偶・石斧・石鏃などに混じって七人分の人骨が出た。骨が鹿や猪と同じようにねじ曲げて折られていたため、日本人の祖先は食人種であると海外にまで報じられる結果になった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治)
『江戸動物民話物語』は、「郷土史・東京」の刊行会を主宰した窪田明治が、東京の郷土史を調べた材料から江戸の民話を選んでまとめた本である。狐や狸、猫、蛇が人を化かし、恩を返し、祟る話を中心に、本郷・王子・向島・麻布・三田など東京各地に伝わる話を収める。狐・狸・猫・蛇・不思議な生き物の五部に分け、一話ごとに舞台となった土地の史跡や寺社の由来、沿革の解説を添え、まえがきとあとがきを付す。