鏡ヶ池に身を投げた妙亀尼の塚
どんな伝承か
人買いにさらわれて隅田川のほとりで果てた梅若丸を追い、母は出家して妙亀尼と名を改め、狂女のように子の行方を尋ね歩いた。塚のもとで我が子の最期を知った尼は、浅茅ヶ原の鏡ヶ池のほとりに草庵を結んで暮らしたが、その年の秋、池の面に映った己の変わり果てた姿を歌に詠み、身を投げて死んだという。遺骸を葬った塚が浅草石浜二丁目の小公園に残る妙亀尼塚で、石を積んだ小山の上に高さ七十センチほどの小祠が据えられ、中の板碑には弘安十一年五月二十二日の銘が刻まれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治・江戸時代~明治時代の民話を記録した著作(推定20世紀初頭))