身投げした女工が招くおいでおいで松
どんな伝承か
大正の頃の話である。エントツ男で知られた富士ガス紡績は、大正二年五月に川崎に作られた。工場敷地は一三万坪、従業員二五六〇人の大工場で、女工は沖縄から多く来ていた。工場の近くには池があり、そのかたわらに一本の松があって、おいでおいで松と呼ばれていた。夜中に池の中からおいでおいでという声がして、松は風もないのに、おいでおいでというように枝をゆすって招いたという。それは、この池に身を投じた富士紡の女工が呼んでいるのだと語られていた。富士紡の跡は、今は川崎競馬場になっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)