神輿を転がす水無神社の祭り
どんな伝承か
伊谷の水無神社は、飛騨一の宮の水無神社から分霊したものだという。昔、戦乱を避けるため木曽の宗助・幸助の兄弟が神輿を作って分霊を担ぎ木曽へ向かったが、重くて担ぎきれず、神輿を転がしながら運んできたという。七月二十二・二十三日の例祭には白木の神輿を新しく作り、飛騨山脈の見える所で飛騨を拝んでから田に転がし落とし、弁天様の清水で清めたのち、朝まで転がして壊してしまう。その時に兄弟にちなんでソースケ、コースケと声をかけるという。今の地に移る前は島立の三の宮にあったともいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第3巻 3 (中信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第3巻(三) 中信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち中信地方の巻から、伝説の章を抜き出したものである。木・石・水・塚・坂と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌などに分けて、松本・塩尻・安曇野・大町・北安曇・木曽に伝わる言い伝えを短い条で並べる。抜き出しの際に多くの条から採集地の表示が落ちており、土地の名が本文に書かれない条も少なくない。