義経が馬を降りた浜と馬下の地名
どんな伝承か
兄の頼朝に追われた源義経は、弁慶らわずかな家来と奥州へ向かう途中、馬下の脇の浜に行き着いた。その先は梯子で登るような岩場が続き、馬では進めない。一行は浜で馬を降りて山越えにかかったが、馬を残せば徒歩で逃げたと追っ手に悟られるため、馬を海へ追い入れて粟島の方へ泳がせたという。馬を降りた所なので浜は馬下と呼ばれ、やがて村の名になった。粟島に渡った馬が島の野生馬の始まりとも言われ、その野生馬は昭和八年に最後の一頭が死んで絶えた。義経の馬の鞍とされる品は、八幡神社の宮司の家にいまも伝わる。
原典より
昔、源義経が、兄頼朝に追われて、弁慶など、小人数の家来を連れて奥州へ逃げた時、馬下の脇の浜まで来たが、そこから先は岩山の道で、梯子で登らねばならない場所が、いくつもあって、馬では先へ行くことができなくなった。—— 村上市史 民俗編 下巻(村上市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村上市史 民俗編 下巻(村上市史)
『村上市史 民俗編 下巻』は、新潟県村上市の市史の民俗編から、口承の節(伝説・世間ばなし・謎とことわざ)を抜き出したものである。地名・神社・寺や仏・地蔵・水・人・動植物・塞の神・杖の跡に分けた伝説と、狐や河童、火の玉、山の神などの世間ばなしを、土地の言葉の語りのまま採集地を添えて収める。義経が跳び越えた一跳山、三面川の小助島、岩船の大火など、村上市内の土地に結びついた話が中心である。