弁慶の硯石と足跡が残る多岐神社
どんな伝承か
昔、源義経の主従が瀬波のお多伎様に立ち寄って一休みした。眺めがあまりに見事だったので、弁慶は社の扉に大きく「観潮閣」と書き残していったという。境内には弁慶の硯石と呼ばれる岩があり、硯の形にくぼんだ所にいつも水がたまっている。弁慶はここで墨をすって字を書いたのだと言われる。また岩ヶ崎の岩には、弁慶の足跡とされるくぼみがはっきり残っている。
原典より
昔、瀬波のお多伎サマへ立ち寄った源義経主従が、ここで一休みしていったが、ここの景色があまりに素晴らしかったので、弁慶がお宮の扉に大きな字で観潮閣と書き残していった。—— 村上市史 民俗編 下巻(村上市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村上市史 民俗編 下巻(村上市史)
『村上市史 民俗編 下巻』は、新潟県村上市の市史の民俗編から、口承の節(伝説・世間ばなし・謎とことわざ)を抜き出したものである。地名・神社・寺や仏・地蔵・水・人・動植物・塞の神・杖の跡に分けた伝説と、狐や河童、火の玉、山の神などの世間ばなしを、土地の言葉の語りのまま採集地を添えて収める。義経が跳び越えた一跳山、三面川の小助島、岩船の大火など、村上市内の土地に結びついた話が中心である。