宿を断られた行者の死霊の墓
どんな伝承か
行者の死霊を慰めるために建てられたという墓である。享保のころ、ある日の夕方、一人の行者がこの村にたどり着き、一晩泊めてほしいと家々を回って頼んだが、どこも泊めてくれなかった。行者は村はずれの崖から落ちて死んだ。まもなく妻が亡骸を引き取りに来て、村人の薄情をののしり、祟れ祟れと呪ったため、村に流行り病が広がったという。そこで死霊を鎮めるため、明治三十二年二月に石の祠と墓が建てられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第1巻 3 (東信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第1巻(三)東信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち東信地方の伝説と世間話を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌などの伝えを、条ごとに採集地を添えて収める。双子池や白駒の池の主、望月の駒、甲賀三郎、ごまを作らない村々の禁忌、京の岩・宮下・菱野村の七不思議など、佐久・小県の土地の伝えが並ぶ。