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生き埋めにされた半太一家の祟り

所在地青森県むつ市大字奥内(半太窪)
年代伝承(口承)
登場半太、生き埋めにされた若者
出典むつ市史 民俗編

どんな伝承か

昔は草屋根が多く風も強いので、火が出れば村ごと焼けることもあり、火元への憎しみはひどく強かった。元治のころ、奥内によそから流れてきて村の物書に雇われる一家がいた。ある日その家の子の火遊びから火が出て、農繁期の村は全焼した。一家は報復を恐れ舟で津軽へ逃げようとしたが捕まった。若者の半太は田名部に出ていて、大覚院へ逃げこみかけたが、家族を見捨てられず村へ戻った。村人は一家を原野の窪地で生き埋めにした。三味線の名手の半太は最期に一度弾かせてほしいと願い、弾き終えて埋められた。その秋、虫が田畑を荒らし井戸が濁り、巫女が一家の祟りと告げたので、行者を招いて大供養をしたという。この窪地を半太窪と呼ぶ。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

むつ市史 民俗編(むつ市史)

『むつ市史 民俗編』の口承の章から、下北に伝わる伝説と世間話を抜き出したものである。苫生野や田名部川の口碑、蠣崎氏や落人の宝の伝え、恐山の開基と天狗・霊話、常念寺の仏、横迎町の竜神と河童、行人塚、半太窪、飯綱の噂、奥内・関根・大湊・田名部の狐の話などを収める。菅江真澄の紀行の記事を引きながら、むつ市とその周りの土地の伝えをまとめている。

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