源義家が植えさせた宮内のいちょう
どんな伝承か
宮内のいちょうは、後冷泉天皇の康平年間に植えられたものだと伝わる。鎮守府将軍の源義家が蝦夷を討つために下ってきた折、家臣の鎌倉権五郎景政に命じて世の平穏を祈らせ、太刀を一振り奉納させたうえで、このいちょうを植えさせたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南陽市史 民俗編
『南陽市史 民俗編』の伝説の節を抜き出したものである。山形県南陽市の白竜湖の由来と東正寺の僧の話、金沢の三坂(七両坂・泣坂・薄雲坂)、猫の宮の猫、二色根薬師、赤湯温泉の起こり、吉野の大黒岩と千人塚、珍蔵寺の鶴、三堀観音などを収める。置賜盆地の湖と温泉と山の寺にまつわる伝えが中心である。