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光秀の怨霊が祟る亀山城址

所在地京都府亀岡市(亀山城址)
年代明治期以前
登場明智光秀
出典亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界

どんな伝承か

亀岡は廃藩置県までは亀山と呼ばれていた。明智光秀の居城だった亀山城の天守閣の跡には、光秀が手ずから植えたと伝わる大銀杏が葉を鳴らしているばかりで、夢の跡というほかない荒れ果てた眺めだった。光秀の死後に城主となった大名たちも、怨霊の祟りがあまりに激しいので住む気をなくし、城は廃屋同然のまま捨て置かれていたという。少年の日の王仁三郎が朝日夕日に輝く白壁を夢に見たこの城址を、やがて大本が買い取ることになる。

原典より

光秀の死後、城主となった大名たちも怨霊の祟りが激しいため、住む気を失い、城閣は廃屋同様の状態が続いていた。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)

『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。

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明智光秀怨霊祟り大銀杏

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