泥流から家を守ったサイカチの大木
どんな伝承か
天明三年に浅間山が噴火したとき、流れ出た焼け石は七日七晩も赤く熱を帯びていたという。吾妻川を下った熱い泥流で、川島では百数十戸が流され百数十人が命を落とし、多くの馬も失われた。そのなかで災いを逃れた家が一軒だけあった。家の裏にサイカチの大木があり、流れてくる石や木を受け止めてくれたので助かったのだという。この木は明治の末ごろまで残り、根元には子ども三、四人が入れるほどの空洞があって、大蛇が棲んでいたそうだ。その家の子孫は飯塚岩太郎家だといわれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 第4巻 (民俗編)
『渋川市誌 第4巻(民俗編)』の伝説と昔話の冒頭を抜き出したものである。群馬県渋川市の飛び湯と午年の貝水、千が窪の蛇、弘法様の清水、渋川八名石・有馬五石などの石の伝え、祖母島のあずきとぎ、五居が島、二位寺山、歯黒稲荷などを、伝承の大字を添えて収める。利根川と吾妻川の合う町の、石と水と塚にまつわる伝えが中心である。