大滝根山に逃れた悪路王大滝丸
どんな伝承か
坂上田村麻呂の生い立ちと、大滝根山での賊退治を語る伝承。奥州刈田岳近くの小野村に、東夷征伐に来た父の刈田麿が三年身を寄せ、その間に家の主の小野新左エ門が亡くなった。後家は刈田麿の子を宿し、証文と生まれた男子を連れて京へ上る。なかなか会えず証文を塀の内へ投げ込むと、蹴鞠中の刈田麿の手に落ち、親子と認められた。この子が田村麻呂だという。成長した将軍に追われた悪路王大滝丸は、妖術で雲霧や火の雨を起こして抗い、刈田岳から大滝根山へ飛び移った。将軍は都で北野天満宮に籠もって霊夢を得たのち再び攻め、ついに大滝丸を討ったと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
滝根町史 第3巻 (民俗編)
『滝根町史 第3巻(民俗編)』の口承文芸の節から伝説を抜き出したものである。福島県田村市滝根町(菅谷・神俣・広瀬)の大滝根山の田村麿と大滝丸、入水寺の観音、小野小町の伝え、鶴ヶ池物語、人柱茂左衛門、曽富登神社、六句の坊、片手観音、三本足の鳥、姥捨山などを収める。古い村誌の文語の引用と聞き書きの口語が混じる。