夫を人柱にした巫女のぼなり塚
どんな伝承か
猿ヶ石川の堰が毎年洪水で壊れて害を及ぼしていた。この地の草分けの土豪の妻が巫女だったので占ってもらうと、白い馬に乗って通る男を人柱にせよと告げた。巫女は自分の夫を馬に乗せてその日に通らせた。巫女の娘も夫とともに水に入り、巫女自身も悲しみのあまり悶え死んだ。それから堰は壊れなくなったという。村人は毎年初春の丑と辰の日に堰口祭りを行い、巫女もぼなり明神として祀って、その塚を巫女塚と呼ぶ。後の世に母成または母也の字があてられた。
原典より
猿ヶ石川の堰が年々洪水のため破壊して累を及ぼし、この地の草分の土豪の主婦が巫女であつたので占つて貰ふと、白馬に乗つて通る男を人柱にせよといひ、自分の夫を馬にのせてその日通らせた。—— 日本伝説名彙2 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙2
柳田國男監修『日本伝説名彙』の後半にあたる部分で、全国の伝説を地物の種類ごとに分けて集めた名彙である。塚の部(糠塚・七人塚・首塚・十三塚など)、坂・峠・山の部、谷・洞の部、屋敷・城趾の部(長者屋敷・朝日長者・白米城など)、祠堂の部(地蔵・薬師・観音・天神・八幡・稲荷・宮など)の各題の下に、府県・郡・村の所在地を頭に置いて各地の伝えを短く並べ、多くの条に出典の郡誌・伝説集の名を添える。