月夜のススキ林
どんな伝承か
河口湖に通いつめた筆者の市川は、ある月夜の深夜1時過ぎ、幼なじみの卓治と大きな入り江へバスの夜釣りに出かけた。岸辺は背丈ほどのススキに覆われ、筆者が先に立ってかき分けながら水際を目指した。すぐ後ろからは足音と葉をかき分ける気配が続き、話しかけると相槌や大きな笑い声が返ってきたが、10分ほど歩いたところで返事が途絶えた。その夜は深夜3時ごろまでにバスとナマズを30尾近く上げる大漁だったが、終わり際に現れた卓治は、ススキに入ってすぐ河口湖大橋の方へ向きを変えたと言う。筆者が10分以上も言葉を交わしていた相手は卓治ではなかった。「でも、すぐ後ろに誰かいた」という一言を最後に話は途切れ、二人はあのススキの中を避けて、岸の溶岩に足を取られながら水辺伝いに道路まで駆け出した。それきりその場所では釣りをしていない。
原典より
私は、かれこれ10分以上ススキの中をさまよいながら話を続けていた。—— 水辺の怪談 ベスト(つり人社) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
水辺の怪談 ベスト(つり人社)
『水辺の怪談 ベスト』は、釣り人たちが海や川や湖で出会った怪異の体験談を集めた本である。お盆の夜釣りでの金縛り、伊豆大島の釣り宿の離れ、渓流の滝壺や湖のボート、アユ釣りやマス釣りの遠征先の宿などを舞台に、エサ屋の店主・会社員・釣りライター・バスプロら十七人が、自身や仲間の体験をつづる。「海の章」五編と「川・湖の章」十二編の二部に分け、各編の冒頭に筆者の短い紹介を置き、四人は仮名で書く。