漱石の臨死・浮遊体験
どんな伝承か
修善寺温泉で大吐血して危篤に陥った夏目漱石は、その後の精神状態を「思ひ出す事など」に書き残している。穏やかな心の隅がいつしか薄く曇り、そこを照らす意識の色が微かになり、ヴェイルに似た靄が軽く全面に広がって、総体の意識がどこも彼処も稀薄になった。それは普通の夢のように濃くはなく、尋常の自覚のように混雑してもいない。魂が身体を抜けるというのでは語弊があり、霊が細かい神経の末端まで行きわたって肉体の内部を軽く清くし、官能の実覚から遠ざけた状態だった。やがて心は宿る身体とともに布団から浮き上がり、元の位置に安らかに漂っていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。