約束の竹を届けにきた下男
どんな伝承か
報知新聞に出た話として原典が紹介する。長野県更科郡の生まれで与作という三十歳近い男が、芝の志田家に下男奉公をしていた。馬鹿がつくほど正直で家族同然に可愛がられていた。郷里に用ができて一週間の暇をもらい、戻るときに庭の棚戸に使う竹を土産に持ち帰る約束をした。与作は用を済ませて竹を切り、荷造りして翌朝発つばかりというところで急病にかかり、そのまま死んだ。ところが予定より三日遅れた日、つまり息を引き取った当日、与作はいつもどおり竹を背負って志田家に帰り着き、挨拶をした。主人が席を外した隙に姿は消え、玄関先には竹だけが残っていた。郷里へ問い合わせて死が判明し、病床でも竹を届けると口にしていたと知れた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))
『修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた大正・昭和の実例で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。