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広部義雄の御祝儀を届ける幽霊

所在地長野県上田市上房町
年代現代
登場広部義雄と競争相手の井上通夫
出典修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体

どんな伝承か

長野県上田市上房町の生まれで、早稲田の商科を出て会社に勤める広部義雄という有為の人物がいた。手腕が優れ重役の信任も篤かったため先輩や同輩の嫉視を買う。とくに一年先輩で帝大出の井上通夫は課長の座を争ううち奸計をめぐらし、使い込みの細工や少女誘惑の風説を流し、ついには宿直の夜に暴漢を雇って広部を殴打させた。それが原因で肋膜炎となり、不幸が続いて広部は悶死する。五日目に課長となった井上が祝宴のあと帰宅して書斎に入ると、広部が椅子にかけて待っていた。祝いに来たと言って紙包みを置き、冷やかに笑って消えた。中には名刺と自筆の御祝儀の文字、愛読書の菜根譚の一頁が入っていた。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))

『修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた大正・昭和の実例で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。

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