高良山をさまよう一火
どんな伝承か
昔、高良山には一火と呼ばれる怪火があった。夜になると提灯ほどの火がふらりふらりと深い木立の間をさまよい、ときには峰伝いに耳納山まで遊んで、明け方には元の場所へ戻った。その道のりは七、八里にも及び、人々は不思議がったが、名のとおり連れのないたった一つの火だった。明治維新後の神仏分離で僧たちが山を去ると、この火も消えてしまった。僧たちの掲げた灯を遠くから見て怪火と言ったのか、あるいは僧がわざと灯をともして神霊の不思議を示したのか、今となっては正体を知るすべもないという。
原典より
明治維新後神佛分離し佛徒がこの山に居なくなつてから火も亦なくなつた。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。