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薬王寺の坂で鉢合わせた忍ぶ恋の二組

所在地徳島県海部郡美波町奥河内(薬王寺)
年代幕末
登場浦吉、民衆、記録者、絹と忍んで参詣した若者
出典阿波えゝぢやないか

どんな伝承か

浦吉と絹は日和佐の薬王寺にお参りし、踊りの群れに混じって山を下っていた。二人は夫婦でも兄妹でもない忍ぶ仲で、人目がうるさく会うこともままならないので、踊りの騒ぎに紛れてこっそり参詣に来たのだった。それでも知り合いに会うのは気がとがめ、びくびくしながら山の中ほどまで下りたとき、浦吉が友達の周さんが来ると声を上げ、絹の手を引いて物陰に隠れた。ところが坂の下をのぞいていた絹が、ほっとしたように、大丈夫、周さんも貞さんを連れていると耳打ちした。周さんもまた恋人の貞さんを連れて、勢いよく坂を上って来たのである。

原典より

浦吉と絹さんとは、日和佐の薬王寺を參詣して、今、踊の中を下山しつつあつた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))

『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。

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