二見の寺屋敷に棲む大蛇
どんな伝承か
日和佐の二見山のふもとには、白鳳のころ八百戸ほどの部落があり、弘仁年間には弘法大師が海を光りながら漂う霊木から十一面観音を刻んで寺を建てたと伝わる。部落は正嘉二年の大台風と津波で海に沈んだ。寺屋敷と呼ばれる跡地は大昔は湖だったといわれ、昭和の初めごろには昼でもフクロウが鳴く深い森になっていた。そこには湖の主だった、胴回り六十センチを超す大蛇がすむといわれ、猪を追って迷い込んだ日和佐の猟師がその姿を見て逃げ帰り、一か月ほど高熱に寝込んだという。萩の白い花の下には大金が埋められ、大蛇はそれを欲深い人間から守っているともいう。
原典より
ここにはハギが多く、白い花の咲く下には何万両ともしれぬ宝が埋められていて、大ジャは欲の深い人間どもを寄せつけぬように守っているのだともいわれる。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。