石合戦に死んで蝶になった備中某
どんな伝承か
秋田の仙北郡大曲町川ノ目と藤木村の境は上総川で仕切られており、その上流に石堂と呼ばれるところがある。地名の由来は、八幡太郎と松山城主阿部氏とが石合戦をした折、八幡太郎の籠る金沢山と松山城から飛んだ石が打ち突かって落ちた跡に堂を建てたことによる。いまは加茂の明神を祀っているそうだ。さらに石堂の近くに備中沼というものがある。阿部氏の家来に備中某という者があり、働きは目立ったが石に当たって沼に落ち込んで死んだ。備中は沼底に沈んで大きな蝶に化身し、いまも沼底に棲むという。曇った日や月の夜に沼から飛びあがって人びとを驚かす。このあたりでは蝶を別蝶といい、沼の別名を別蝶沼とも呼ぶ。
原典より
五番 石の話…………19一七番 ジョンガラ節・・・・・・37三〇番六番 餓死の列・・21一八番 ブン王・・・40三一番不如帰……53七番 螢の合戦・23一九番 風邪薬41三三番 川中の蜘蛛…………………………55—— 東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承