便所の中で見たと打ち明けた長女
どんな伝承か
押入から手が出たと末娘が言ったその日、長女は父にもう一つのことを打ち明けた。お父さん、あたしも黙っていたけれど、そのおばさんの姿を、引越した晩に、はばかりの中ではっきり見たのよ、黙っていただけよ、と震えながら言うのである。福岡さんは問い返す元気もなく、詳しい話を聞くこと自体が怪物の手に乗せられるように思われた。子供たちの恐怖はこの二度目の出来事で一層深刻になり、家を越そうと父に嘆願し始めたが、福岡さんは自分の精神力で怪物を圧倒しようと堅く決意して子供たちを宥めていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
夏の夜の怪談(森岡英一・新天地 1943年6月号)
『夏の夜の怪談』は、森岡英一が書いた一篇の怪談実話である。灸点師の「福岡さん」が十年ほど前に東京で借りた家で、三歳の末娘、長女、妻が次々に幼子を背負った見知らぬ女の姿を見たという出来事を、本人から聞いた話としてつづる。霊感のある和尚の見立てと家主の告白から、以前その家で夫に殺された若い妻の霊とされ、寺に霊位を納めて鎮まるまでを語り、最後に霊魂の実在を科学で証すことの難しさに触れて結ぶ。