摩文仁に集うユタたちの無縁仏慰霊祭
どんな伝承か
昭和六〇年九月一日、旧盆明けの日曜日の午後、沖縄戦の終焉の地である摩文仁の無縁仏納骨堂の前で、だるま寺の名で知られる西来院の花園会が慰霊祭を催した。片岡禅教住職の先導で一同が経を読み、香を手向けて身寄りのない戦没者の冥福を祈った。集まった百余人の多くは、ふだん先祖ごとの判じや祈願で島中を回るユタやムヌシリと呼ばれる女性たちだった。花園会は臨済宗妙心寺派の信徒の会で、首里の十二支寺ごとに組織され、西来院の会員約五百人のうち八割が女性霊能者だという。慰霊祭は毎年の行事で、この年が八回目だった。
原典より
ところで、この日の参加者の大半は、ユタ、ムヌシリ(物知り)などと呼ばれている女性たち。—— ユタと霊界の不思議な話(月刊沖縄社) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ユタと霊界の不思議な話(月刊沖縄社)
『ユタと霊界の不思議な話』は、月刊沖縄社が編んだ、沖縄の霊能者ユタについての取材記録である。那覇など都市地区の有名なユタへの取材をもとに、持ち込まれる相談、ユタになったいきさつ、マブイと霊界の考え方、十二支寺や拝所巡拝の意味を問答の形で記し、依頼者の体験談も添える。序章の体験談と四つの話に続いて、ユタを母に持った子の手記、霊示を書き取る人の話、有名霊能者百二十人の一覧、用語説明を収める。