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二百三十四枚の札が降った木下村

所在地長野県上伊那郡箕輪町大字中箕輪木下
年代慶応3年(1867)10月28日〜11月
登場村人
出典松本市史 第2巻 歴史編2

どんな伝承か

現在の箕輪町にあたる地域でも降札は盛んで、木下村では慶応三年十月二十八日から始まり、十一月に大騒ぎとなった。秋葉山二十八枚、伊勢皇太神宮二十三枚、以下八幡宮・善光寺・大黒天など四十五種類二百三十四枚もの多くの札が降った記録があるという。上伊那地方は信濃のなかでもお札降りとその騒ぎがもっとも集中的に激しく広がった地域であり、木下村の記録はその規模を示すものとなっている。

原典より

現在の箕輪町でもさかんであり、木下村は十月二十八日からで、十一月に大騒ぎとなった。—— 松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史)

『松本市史 第2巻 歴史編2』は、信濃の松本市の市史のうち歴史を扱う巻で、ここにはその節「三 お札降り」だけが収められている。慶応三年七月ころから翌年にかけて、天から神仏の札が降ったとして酒食して騒いだ「お札降り」「ええじゃないか」が、伊那谷と中山道の二筋を通って信濃に広まったさまを、飯田・高遠・諏訪・木曽などの記録から追う。後半は松本城下と周辺村の降札と松本藩の禁令を述べ、上今井村に降った札の種類と枚数を表に示す。

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お札降り秋葉山記録伊勢皇太神宮大黒天善光寺

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