蓮の葉に乗って渓流を下る
どんな伝承か
語り手が五歳だった昭和初年頃の話。父は丹毒で五所川原町(現・市)の病院に入院し、日増しに衰弱して危篤となり、数日後に絶命した。医者がただちに気管を切開して人工呼吸を続けたところ、奇跡的に蘇生した。父はこの仮死のあいだのことをこう語った。まず柔道の絞技で気絶するような断末魔の苦しみが数秒あり、急に楽になってすっくと立ち上がると、両足は二枚の大きな蓮華の葉に乗っていた。両手に位牌を捧げ持ち、澄み切った深山の渓流を流れに任せて下ってゆく。眼前には薄桃色の蓮の花が咲き乱れ、両岸には空にも届くばかりの断崖が聳え、緑の松が枝を伸ばしていた。全身に砕けんばかりの衝撃を感じた途端、我に返ったのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話(松谷みよ子・民話・口承文芸・2003年(平成15年))
『現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話』は、松谷みよ子が編んだ現代の民話の聞き書き集で、二〇〇三年一月付の文庫版まえがきを持つ筑摩書房の文庫版である。一九七八年に発刊された『民話の手帖』を通じて全国から寄せられた回答を中心に、臨死体験、死の知らせ、寺へ来る死者、生まれかわりの話を収める。「あの世へ行った話」「死の話」「生まれかわり」の三章の冒頭に編者の論考を置き、細目ごとに所在地・話者・出典を添えた類話を並べる。