恵比寿の庭に現れた出征兵
どんな伝承か
昭和十三年、支那事変で日本が勝ち続けていたころの夜八時ごろ。渋谷区恵比寿の家で、母親が庭の暗がりに石川昌明の姿を認めた。昌明はこの家に引き取られて育ち、母は実の息子のように可愛がっていたが、そのころは出征していた。腹をすかせているだろうと母は台所へ立ち、握り飯を結び茶を淹れて座卓へ運んだが、振り返ると姿はない。池のそばに確かに立っていたのに、と母は青ざめて言った。戦死の公報が届いたのはその後で、死ぬときに家へ寄ったのだと母は語った。数えで七歳だった語り手は、母が昌明と言葉を交わす様子をその目で見ている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話(松谷みよ子・民話・口承文芸・2003年(平成15年))
『現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話』は、松谷みよ子が編んだ現代の民話の聞き書き集で、二〇〇三年一月付の文庫版まえがきを持つ筑摩書房の文庫版である。一九七八年に発刊された『民話の手帖』を通じて全国から寄せられた回答を中心に、臨死体験、死の知らせ、寺へ来る死者、生まれかわりの話を収める。「あの世へ行った話」「死の話」「生まれかわり」の三章の冒頭に編者の論考を置き、細目ごとに所在地・話者・出典を添えた類話を並べる。