そのまま写して返した無筆の手紙
どんな伝承か
昔は四年制や六年制の学校で教育を受けたので、兵隊に行った者は字は何とか書けても、文章にすることができなかった。ある家の息子も兵隊に行ったきり何の便りもよこさない。そこで母親の方から「お前、兵隊に行ったんだから、国のためだから、我慢して勤めて来て下さい」と手紙を出した。すると息子は文章が作れないので、その手紙をそのまま写し、宛先と差出人を入れ替えて送り返してきた。母親は大喜びしたが、どこかで読んだ覚えのある文章だと気づく。二年たって帰ってきた息子は、あのころはとても書けなかったが、生きていることだけは分かっただろうと答えた。語り手の親戚に実際にあった話だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。