駒込富士の護摩堂から天へ昇った竜
どんな伝承か
文化五年八月二十五日のことという。駒込富士の境内に、本社や寺から少し離れて護摩堂があった。若い僧が堂に入り、香花を整えて不動尊に祈っていると、不動はもちろん、こんがら・せいたかの童子や十二天の像までがしきりに動きだした。恐ろしくなって堂を出ると、脇の大松が一本のはずなのに二本並んで立って見えた。本堂の前まで逃げて遠くから眺めると、一本の松がしだいに上へ昇っていくようで、炎や煙が立ち、黒雲が上を覆った。松が地を離れたと見えた瞬間すさまじい音がして大雨が降り出し、雨がやんでから見ると護摩堂は一丈ほども地中へ沈んでいたと、土地の者が語った。
原典より
暫過て雨晴彼所を見しに、堂も壱丈程地中へ落入けると、其処のもの来りて語りぬ。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。