初午奇談の事
どんな伝承か
寛政八年の初午は二月六日だった。その少し前、太鼓の張り替えを生業とする者が本郷を通ると、前田信濃守の屋敷の前で家来らしい侍に破れた太鼓の張り替えを頼まれた。侍は又左衛門と名のったので、職人は張り替えて初午の前に屋敷へ届けた。ところが屋敷の用人の又左衛門は年格好が違ううえ、そんな注文はしていないという。念のため屋敷の稲荷の太鼓を改めると、社に太鼓がない。前から破れていた太鼓が新しくなったのは不思議だと皆が言い合い、職人も気味悪がって代金を引き下げたという。狐のしわざか人のしわざかと書き添えている。
原典より
「さるにても稲荷の太鼓を改見べし」とて、社頭に於て捜しければ太鼓なし。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。