沖ツ石の網を荒らす隠元狸
どんな伝承か
明治三、四十年ごろ、地方力士として知られた沖ツ石こと網干藤太郎が沖洲川で夜網を引くと、三度目に網が裂けそうなほどのツガニがかかった。舟にあけたのに、網を片づけている間に一匹残らず消えてしまった。別の夜、高洲の浜の鬼ヶ洲で網を引いていると、浜に焚火と話し声が見える。近づくと何もなく、また先に焚火が見える。三度繰り返して舟に戻ると、生け簀の魚が一尾も残っていなかった。隠元狸の機嫌を損ねたと悟った沖ツ石は、家に小さな祠を作って隠元を祭った。本人は亡くなり家も絶えたが、祠だけは残っているという。
原典より
三回ばかり同じことを繰返したのち「チェッ」と舌打ちして、舟まで引返してみたら、生ケスの魚は一尾残らずなくなっていた。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。