櫛を咥えた婢の変死と夫の同時死
どんな伝承か
明治十五年の晩春、大阪の南御堂の裏手にある古着屋塚本吉衛方で、河内の住道村から来た婢のお留が裏庭を掃いていた。お留は眼病の夫の療養費のために給金を前借りして奉公していたが、肥汲みに来た農夫が隣村の者と知って夫沖村辰造の様子を尋ねると、辰造はつい先頃美しい嫁をもらったと聞かされた。お留は狂ったように形相を変え、夕方気分が悪いと二階の自室へ上がったきり、翌朝、東窓の格子にしがみついたまま黄楊の櫛を逆さに咥えて死んでいるのが見つかった。格子の柱は血に染まっていた。騒ぎの最中に住道村の男が駆け込み、今朝三時頃に辰造が喉笛を食い切られて死んでいたと知らせた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。