大蔵省の将門首塚の祟り
どんな伝承か
昭和三年四月十四日、大蔵省は構内の将門の首塚で大法会を営んだ。首塚は大手町の大蔵省構内左手、瓢形の池に面した場所にあり、神田明神の祭礼には祝詞が奉じられ神輿も担ぎ込まれていた。ところが震災で祠は焼け池も埋まり、石棺の上には主計局のバラックが建ち、五尺ほどの石塔は邪魔物扱いのまま風雨に晒されて、祭礼の行事も絶えた。以後、主計局と営繕管財局では病人や負傷者、死者が相次ぎ、大臣や工学博士ら十四人が死去、負傷はアキレス腱が切れる厄介なものばかりだった。首塚を荒らした祟りだと噂が立ち、属官の急死を機に法会が決まる。浅草日輪寺の過去帳から将門の命日が四月十四日と判明し、その日が選ばれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。