旅館の一室に来た松山の妻
どんな伝承か
長屋忠明は松山の人で、国会開設以来五、六回も代議士に選ばれた古い自由党員だった。政治家というより精神家と呼ぶべき人だったという。ある年の議会の会期中、新橋あたりの旅館の一室で夜更けまで調べ物をしていると、入口の襖が静かに開いた。女中でも来たのだろうと目をやると、松山の家にいるはずの妻が両手をついて坐っている。声をかけようとしたところ、妻はうつむいて、お先に失礼いたします、と言ったきり姿を消した。そこへ電報が届き、妻が病で亡くなったことを知らせてきた。
原典より
* 細君の姿が現われる (367)* 白い小犬を抱いた女 (368)* 濠端の怪 (369)* 通夜の晩 (370)* 丸髷の美女 (371)* 自動車に乗る妖女 (373)* 王子稲荷の前…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。