三円を包まれた丸髷の客
どんな伝承か
昭和九年のこと。新潟から冬場だけ出てきて大崎の車庫で働いていた運転手が、麻布の笄町から青山三丁目へ抜けようと青山墓地の入口に差しかかると、丸髷の美しい女が手を挙げた。女は青山五丁目の家だと言い、交番で聞いてくれと告げる。交番で道を教わって戻ると、客の姿は消えていた。巡査に笑われ、言われた家を訪ねて起こすと、家の者は縞柄まで聞いたうえで、それは二週間ほど前に亡くなった嫁だ、子供に会いたくて来たのだろうと答えた。やがて年老いた女が出てきて、三円を包んだ紙捻りを渡した。運転手はそれきり青山墓地を通らなくなった。
原典より
* 自動車に乗る妖女 (373)* 王子稲荷の前 (375)* 消えてなくなった女 (376)* 日本橋まで (377)* 毒を仰いだ運転手 (378)* 母親に逢いに来た女 (378)* 芦…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。