風呂谷と黒淵の弁財天で重ねた雨乞い
どんな伝承か
六月の三社の雨乞いに雨が降らなかったため、七月一日に改めて雨乞いが計画され、二日から風呂谷弁財天で二夜三日の祈りが行われた。この時は川田村の宝滝寺と領内の修験が祈祷に駆り出された。さらに七月十七日には、新城町の井道にある黒淵弁財天でも二夜三日の雨乞いをすることになり、夜は竹の松明を二本ずつ灯して、鐘や太鼓、笛、竹の筒で囃した。これらはいずれも、新城に置かれた七千石の交替旗本菅沼氏の役所の指示によるもので、ここでいう二夜三日は雨乞いの祈祷の期間だったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。