養母の霊が憑いた髪結いの生神
どんな伝承か
魚河岸がまだ日本橋にあったころ、その近くで祈祷所を開く法華の女行者がいた。男養子は髪結いを生業とし、修行も信仰もしていなかったが、行者は死んだらお前に憑いてこの仕事を続けると言い続けていた。やがて行者が世を去ると、養子は本当に霊感を得たようになる。客の芸者衆に、お座敷だから早く帰れ、今日あの人が来る、と告げてことごとく当てるので髪結いは廃業した。神道の資格を得るため神習教の大教庁へ通ううち生神様と崇められ、魚河岸の信者から鯛が奉納されるまでになる。だが傲慢になった途端に霊感は外れ出し、信者は離れ、泣きついたときはもう手遅れだったという。
原典より
それはまだ魚河岸が日本橋にあった頃のことですが、この近くに祈禱所を開いていた法華の女行者がおりました。—— 心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年))
『心霊の開発 ― 神のしくみ』は、千葉で浄霊真手道場を開いた霊能者の福田倉子が、自らの霊的体験をまとめた本であり、昭和四十一年一月付の跋文を付す。気合術や法華行者・身延山の上人のもとでの修行、千鳥会の降霊会、霊媒として死霊や生霊、動物霊に向き合った事例、真手による浄霊と天福地蔵尊の由来などを記す。第一部「心霊へのみち」から第五部「神のしぐみと使命」までの五部に分け、あとがきと坂田武俊の跋文を置く。