兵舎の崩落から生き延びた原爆の日
どんな伝承か
作家の邦光史郎は、広島にあった第二総軍司令部の参謀軍暗号班に所属していた。原爆が落ちた八月六日、たまたま足のできものを切開したため、広島駅近く、爆心からおよそ二キロの兵舎で休んでいた。閃光と同時に伏せると建物が押しつぶれ、手を挟まれて身動きが取れなくなり、隣で寝ていた兵は梁の下敷きになって死んでいた。屋根から抜け出して地面に降りると、頭と顔の皮がベロリとはがれ垂れ下がった男が水道の水を飲んでいる姿を目撃するなど、あたり一面が凄惨な光景だったという。
原典より
原爆が落ちた八月六日、たまたま足にできものができて、それを切開したために、兵舎で休んでおったんです。—— 証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年))
『証言・臨死体験』は、立花隆が文藝春秋の雑誌『クレア』に連載し、一九九六年に単行本として刊行した臨死体験の証言集である。俳優の安田伸、作家の水上勉、彗星探索家の木内鶴彦、プロレスラーの大仁田厚、映画監督の羽仁進など、病気や事故で死の淵に臨んだ二十三人の体験を、本人や家族からの聞き取りで記録する。各章は人物の略歴と前置きに続けて問答形式の談話を載せ、本人の著書や手記からの引用も交える。