岩木山の天狗が霊媒を殴る
どんな伝承か
昭和十三年、語り手の家に同居していた義弟の奈良秀一という二十三歳の青年は、心霊研究の犠牲となってほとんど強制的に霊媒にされていた。彼の身体と精神を使って心霊現象を起こした天狗の一人は自ら「天の森」と名乗り、青森県岩木山の幽界に本拠を持つという。ある夜、わが家で心霊実験会を開くと、いの一番に憑いて来た天の森はいつもと違って機嫌が甚だ斜めであった。訝しく思ううちに奈良の右のこぶしが本人の頭を殴りつけた。奈良は左手で防ごうとしたが力が及ばず、続けざまに三つ四つ擲られた。怒りの静まった天狗は、昨夜新宿でけがれた女を相手にしたのでたしなめたのだと述べた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。