秋葉山の眷属が書いた巻物を焼いた才一郎
どんな伝承か
慶応三年十月十七日の昼、柳田泰治の三男三郎が、才一郎の机の引き出しに「秋葉山」と書いた紙包みを見つけて尋ねると、才一郎はひどく驚いてそれを奪い取り、火の中へ投げ込んでしまった。中まで見られたと思い込んだのである。三郎が上書きしか見ていないと知ると、才一郎は泣き出し、あれは十四日の夜に秋葉山の御眷属が枕元に来て、御山で願った手本をその場で書いてくださった大小二巻の巻物で、大は真行草、小は楷書で細かな文章が書かれていたと明かした。泰治に諭されて水を浴び詫びると、翌朝、前夜の方が現れ、焼けた物は仕方がない、もう一本書いてやるがこちらで預かっておくと告げたという。
原典より
夜前の御方亦被為入、焼きたる上は致し方なし、亦一本書いてやらうがこちらに預り置くと被仰、…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。